マイクロアレイ解析においてハイブリダイゼーションは重要な工程の1つです。そこで、今回はハイブリダイゼーションの温度が遺伝子発現解析結果にどのような影響を与えるのか調べてみました。
ハイブリダイゼーションについて
ハイブリダイゼーションは、DNAやRNAといった核酸が相補的な複合体を形成する現象です。特異性が高いため放射性同位体や蛍光標識したプローブを用いた遺伝子の検出にも利用されています。当社のマイクロアレイは、ビオチン標識した断片化サンプルをアレイ上のプローブにハイブリダイゼーションさせることで、遺伝子の発現量を網羅的に解析しています。
マイクロアレイ発現解析の原理
ハイブリダイゼーションにおける温度の影響
ハイブリダイゼーションの鍵となるのは核酸間に形成される水素結合です。DNAでは、アデニン(A)とチミン(T)間に2つ、グアニン(G)とシトシン(C)間に3つの水素結合が形成されています。この水素結合は熱で切断可能なため、温度条件のコントロールは複合体形成に大きく影響します。例えば、高温下では完全にマッチした2本鎖DNAでも1本鎖に解離されますし、逆に低温下ではミスマッチの配列間でも水素結合が切断されず非特異的な複合体が形成されるケースもあります。したがって、ハイブリダイゼーションでは低過ぎず高過ぎない適度な温度条件に設定することが重要であると言えます。実際、一般的なハイブリダイゼーションの実験では複合体の50%が解離する温度(Tm)を指標に条件を決めることが多く、温度設定の重要性がうかがえます。
そこで、本記事ではマイクロアレイの遺伝子発現解析においてハイブリダイゼーションの温度がどの程度結果に影響するのか調べてみました。
実験方法
当社の遺伝子発現解析用マイクロアレイは、ハイブリダイゼーションの温度を45℃に設定しています。今回の実験では45 ℃を基準に±5 ℃(40 ℃、50 ℃)の条件で比較しました。
実験に使用したTotal RNAと試薬類は以下の通りです。
Total RNA | Hela Total RNA (100 ng) [以下のAssayキット に付属のControl RNA] |
---|---|
マイクロアレイ | Applied Biosystems™ Clariom™ S, Human |
Assayキット | Applied Biosystems™ GeneChipTM WT PLUS Reagent Kit |
なお、サンプル調製工程における差異についてはアレイに加える前のハイブリダイゼーションカクテルを1度混合し再分配することで均一にしています。
結果と考察
取得したデータを当社のTranscriptome Analysis Console (TAC)で発現解析した結果がこちらになります。
40℃と45℃のハイブリダイゼーション結果の比較
まずは、ハイブリダイゼーションの温度を40 ℃に下げた時の影響を見てみましょう。遺伝子発現量でプロットしたスキャッタープロットを見ると、約9.5%の遺伝子に有意差があると判定されました。また、発現量に着目すると、全体的に減少している中で左下の低発現領域においては発現量が増加した遺伝子が一部存在していることがわかりました。これは、非特異的な結合の増加により、本来ほとんど発現していなかった遺伝子の発現量が増加したと推察されます。実際に、非特異的な結合量と強い相関を持つバックグラウンドのシグナル値を見ると、確かに45 ℃の時に比べて大きく増加していることが確認できました。したがって、ハイブリダイゼーションの温度を下げると、全体の発現量が減少するだけではなく本来発現していないはずの遺伝子を誤認する可能性があると考えられます。
50℃と45℃のハイブリダイゼーション結果比較
続いて、ハイブリダイゼーションの温度を50℃に上げた時の影響について見てみましょう。こちらでは、約6.1%の遺伝子に有意差があると判定されました。また、40 ℃の時とは逆に、全体的に発現量が増加している一方で、左下の低発現領域においては発現量が減少した遺伝子が一部存在していることがわかりました。こちらはバックグラウンドのシグナル値が45 ℃に比べて大きく減少していたことから、高温下で非特異的な結合が減少したため一部遺伝子の発現量が減少したと考えられます。ただ、中心から右上にかけて位置する中~高発現領域においても発現量が減少した遺伝子が存在し、なおかつ主成分分析(PCA)の結果から温度に比例してデータのばらつきが増大している点から、ミスマッチではない複合体も一部解離している可能性があります。したがって、ハイブリダイゼーションの温度を上げると、全体の発現量が増加する一方で一部遺伝子においては本来の発現変動を見落とす可能性があると考えられます。
主成分分析の結果
まとめ
以上の結果から、ハイブリダイゼーションの温度を5 ℃変えるとマイクロアレイ解析においては最大で1割近くの発現解析結果に影響を及ぼす可能性が示唆されました。ちなみに、温度を変えるメリットは特にありませんのでプロトコル通りの正しい温度で実施し、ハイブリオーブンの点検も定期的に実施するようお願いいたします。また、ハイブリダイゼーションの温度につきましても、Clariomなどの一般的な発現解析用アレイでは45 ℃、miRNA 4.0アレイでは48 ℃、Applied Biosystems™ CytoScan™などのCNV解析用アレイでは50 ℃と適正温度が異なりますので、ご利用の前にはアレイの適正ハイブリダイゼーション温度とハイブリオーブンの設定温度が正しく一致しているか必ずご確認いただきますようお願いいたします。
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